林家三平さんと言えば、昭和の爆笑王として有名な落語家です。
昭和から落語歴40年の私が、昭和の林家三平さんですが、令和に今は二代目林家三平です。
二代目林家三平は「笑点 大喜利」のを卒業し、新たな道への進んでいるようです。
二代目林家三平さんから、昭和の爆笑王 林家三平とその家族、仲間から話題いっぱい情報をご紹介します。
なぜ林家三平がこんなに話題になっているか不思議を調べてみたら。
二代目林家三平のお父さんは、初代林家三平さん、そいてお母さんは、どんな人なのかな。
現在の二代目林家三平のお父さんは、昭和に爆笑王初代 林家三平さんです。
これだけでもすごい事です。
初代林家三平さんも、お父さんが落語家であった。七代目 林家正蔵さんでした。林家に亭号の
中でも最も重きのある名前である「正蔵」を襲名していました。
そのお父さんに子どもとして「初代 林家三平さん」は自然に落語に世界に入っていきました。
初代林家三平さんは、前座からこの名前を使用し、真打になっても「三平」の名前にこだわり、一生この三平で生涯を使用しました。
54歳で、あの独特な笑いと共にこの世を去っていきました。享年 54歳でした。当時でもかなり若い年齢でしたので、その衝撃は家族を含め大きかった事が想像できます。
その奥さまは、海老名香葉子さんは、東京の下町の釣りざお職人に娘として産まれた。
東京大空襲で、祖母と両親、さらに兄、弟を失ってしまった。
戦災孤児になって苦しい生活をすごした。親戚をたより、住まいを転々とする中に、父の職業である釣りざおの顧客であった、落語家 三代目三遊亭金馬さんが保護者になっていただいた。
その三遊亭金馬さんとの縁で林家三平さんと知り合い、18歳の時に三平と結婚する事になる。
若い時から苦労していたから、三平さんとの出会いは人生にターニングポイントであった。
92歳まで林家三平の妻として林家を盛りてていきました。
二代目林家三平の兄弟はどんな人がいたのでしょう。ビックリです。
初代林家三平さんには、子どもが4人います。
女性が2人、男性が2人です。全員が芸の世界に深く関わっています。
長女 海老名美どりさんは、石原軍団に在籍していた「峰隆太さん」です、今でもいろいろなテレビ番組に出演していて活躍しています。美どりさんは、今は活動はしていないようです。
次女は、海老名泰葉さんは、音楽関係の仕事をして、シンガーソングライターとして活躍していました。
泰葉さんは、あの横丁の若様として若くして人気落語家になった「春風亭小朝」さんと人気絶頂の時に結婚して世間はビックリニュースでした。
それから、数年後は今度共同で離婚会見をしたのには更にビックリしました。
やはり お父さんに血を引くのでしょうか。ビックリさせれ事がスゴイです。
長男は、名跡である9代目林家正蔵師匠として落語噺の公演をして活躍しています。
次男は、二代目林家三平を襲名しました。笑点 大喜利にメンバーに抜擢されましたが、洒落た回答に苦労していたようです。自ら再度落語家として修行やり直しとして笑点から脱退しました。今 落語修行に邁進しています。
二代目三平さんの奥さまは、女優であった「国分佐智子さん」です。とってもお奇麗な方にようで、三平は水戸黄門に出演していた時に共演した事がキッカケのようです。
ここまでは、初代林家三平に家族構成です。
ここから、二代目林家三平について掘り下げて調べてきます。
二代目林家三平とはどんな落語家さんなのでしょう。いろいろ調べたら。
二代目林家三平さんは、父の死後に「林家こん平さん」を師匠に修行を開始した。
父である初代 林家三平と違って、本格的な古典落語を目指して修行していた。親の姿に反発するにはどこの世界の子ども同じようです。親が昭和の爆笑王と言われていましたから、余計にそうなったにかもしれません。
特に中堅である、7代目三遊亭円楽さん、3代目桂春蝶さん、2代目林家木久蔵さん、月亭八光さんとは、5人で通称「坊ちゃん5」と名乗って、落語会を開催しいます。
みんな、家族が落語家ですから、「坊ちゃん」なようです。
応援してくれる先輩がいまます、「春風亭小朝さん」が後見人として支えてくれています。
姉に元旦那である春風亭小朝さんは、義理固い方です。

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