桂文枝さんは芸歴60周年イヤーとして活動をスタート。
桂文枝さんは、ここまで活躍できた理由は、やはり奥さんの貢献があったと言われいます。
今回は、その奥さんについてとその苦労話とその他桂文枝の悪い面も紹介します。
奥さんは苦労されたようです。
桂三枝の時代から知っている落語歴40年の私がその悪を含めご紹介します。
82歳になっても新作への情熱は全く衰えていません。
6代目桂文枝さんの奥さんはどんな人だったのかな。関西の笑いのスーパースターを支えたその女性は。
桂三枝の時代に奥さまに出会ったようです。
奥さまの名前は、「高橋真由美さん」です。落語界ではなかったですが、マスコミ関係の仕事していました。
桂三枝さんが、大阪のラジオ深夜番組「ヒットでヒットバチョンといこう」に出演していました。
首都圏でいえば、オールナイトニッポンでしょう。
そこに出演していた時に、番組アシスタントとして「高橋真由美さん」共演したのがキッカケと言われいます。
その後桂三枝さんと結婚し、落語家の妻として「桂三枝」を後ろから支えていました。
桂三枝さんの時代から、人気落語家であり、人気タレントとして活躍していました。
落語の公演以外にもテレビ・ラジオと関西落語界のスーパーアイドルでした。
桂三枝さんから桂文枝さんになっても、年間200公演以上の落語会をしていました。
そも落語会の着物の準備をするのは奥さまの仕事になっていました。
落語会の前日には、着物を手入れして揃えておく。それ以外でも、文枝さんを支えていました。
2人に間には、二人の子どもさんがいます。
娘には、子どもがいて、孫が2人います。桂文枝さんは、立派なおじいちゃんです。
6代目桂文枝さんの奥さんとは、若い時のエピソードは昭和を表しています。そして今は。
桂文枝さんの奥さんは、大阪府茨木市の大学に通っていたようです。
桂文枝さんは、その大学まで送り迎えしていたようです。昭和では車は若者のステータスです。
女性にもてる為の道具でした。今は車ではなく、スマホでしょうかね。
そんな桂文枝さんは、奥様の出身地である茨木市でイベント実施していました。
桂文枝さんは、全国の首長と対談し、その街の魅力を紹介する「桂文枝の全国の首長さんに逢いたい!」の番組で茨木市へ伺っています。
その街の「見山の郷」で農産物直売所を訪れました。
そこでは、キャベツの大きさとその安さにビックリしていました。
この地域では、特産である「龍王みそ」が有名なようです。
この龍王みそは、地元農家の女性達が試行錯誤して完成させた味のある味噌である。
季節も10月末から翌年3月にかけて製造し、その量は約14トン限定であり、貴重な商品として販売している。
原料は「米・大豆」から2年かけて手作りの味噌であり、味噌は発酵し活きている状態である。
名物にジェラード「龍王みそ味」が絶妙と評判である。
6代目桂文枝さんの奥さん「真由美さん」は、今はどうしているのでしょか。文枝の悲しみ。
奥さんである「真由美さん」は、「病気 がん」にかかり、2021年1月に亡くなりました。
67歳とまだ若い年齢での人生の終わりを迎えてしましました。
桂文枝さんの落胆は相当だったとうです。
真由美がいないと、何もできないと嘆いていたようです。
文枝さんにとっては、幼少の時代に「父親」を亡くしていました。父親母親は家族の中心であったので、大事にしていたようです。
世の中の男性と同じく、奥さんに先だに死なれるとダメになる人が多いようです。
桂文枝さんには「落語」があったために「仕事である落語」に力を注いで乗り越えていったようです。
不幸な事に、翌日には、母親も亡くしたと辛い時期が重なりまりました。
6代目桂文枝さんの奥さんにひどい事を隠していました。文枝さんの後悔です。それは。
桂文枝さんは、なんと20年以上「浮気」していた。
演歌歌手である「紫艶さん」と長く付き合っていたようです。
20歳以上に歳の離れていたようです。
紫艶さんは、日本有線大賞の新人賞を受賞されていた実力のある演歌女性歌手でした。
この不倫について、文枝さんは、奥さんの真由美さんに正直に話したようです。
なんとか、離婚まではいかなかったようです。
奥さん真由美さんは、日々 家庭と文枝さんの日常の落語活動、公演活動に協力したいた事への裏切りをした事になる。
よく芸人の世界では、「女性は芸の肥やし」と言うますが、人間として信頼を裏切る行為は、人間として「ダメ」です。
こんな仕打ちをされても、奥さん真由美さんは黙っていたようです。
文枝さんは、芸は一流かもしてないが、人として問題はあります。
この後、真由美さんには頭が上がらなくなったようです。

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