節分を太巻きを食べながら聞ける鬼に纏わる落語噺があるんです。

2月3日は日本全国で「節分」でした。

今では「太巻きの丸かぶり」が象徴的ですが、本来は季節の変わり目に1年の無病息災を願い、厄除けや厄払いとして「鬼」を追い払う行事です。

今も「鬼は外、福は内」と豆をまく習慣が残っています。

落語の噺にも登場する「鬼」について、今回は昭和から落語好きの私がその魅力をご紹介します。

鬼がからむ上方の人情噺でちょっとしんみりとまる噺「鬼薊(おにあざみ)をご紹介します。

鬼薊(おにあざみ)という言葉からは、どこか不気味な物語が思い浮かびます。

「薊(あざみ)」はキク科の多年草で、摘もうとすると鋭いトゲに驚くことから名がつき、「あざむ」という言葉の語源ともいわれます。

沖縄ではトゲを「あざ」と呼び、トゲの多い木を意味する「あざぎ」が由来ともされます。物語はある親子の話。

先妻の子・清吉は継母おまさに金をせがんでは断られ、腹いせに当たり散らします。

父・安兵衛が酔って帰ると、清吉はおまさが飯を食わせないと嘘をつき、父はおまさを叱ります。

翌日、清吉の嘘と小銭泥棒が発覚し、安兵衛は息子を奉公に出して鍛えることに。

数年後、立派な身なりで帰った清吉の財布には小判があり、問い詰めると奉公先で盗賊となり「鬼薊の頭」と呼ばれていると告白します。

盗賊稼業をやめられず、父に勘当を求めに来た清吉。

三年後、おまさはこれを苦に病死し、後を追おうとした安兵衛を助けたのは清吉でした。

その後、清吉は捕らえられ処刑され、辞世の句を残します。

「武蔵野にはびこるほどの鬼薊 今日の暑さに枝葉しほるる」。

鬼薊は夏から秋に咲き、鋭いトゲで他を寄せ付けず、季節が移ろう中で暑さが和らぐ情景を映します。

季節もまた冬から春への変わり目で、立春の頃には日差しに春の力強さが感じられます。

鬼が絡む古典落語「鬼背参り」は、菊の皿のような噺です。ご紹介します。

薬屋の若旦那・四方吉には許嫁のお美津という女性がいたが、彼女を捨てて他の女と駆け落ちしてしまった。

やがて金が尽き、2年ぶりに実家へ戻った四方吉は、お美津が残されてから昼夜問わず町中を探し回り、溝までさらって自分を探していたと聞かされる。

しばらくして店の者が彼女の家を訪ねると、庭には菊が咲き、家中に菊の香りが漂っていたが、お美津はすでに亡くなっていた。

哀れに思った四方吉の親が火葬し弔ったが、翌日にはその家にお美津の亡骸が戻ってきており、夜になると鬼の形相で四方吉を探すようになった。

鬼退治には鬼の角を掴んで朝まで離さぬことだと聞き、その通りにすると、鬼は夜中に外へ出て四方吉と行った場所ばかり巡った。

四方吉はそれに気づき、角を離して不実を詫び「殺してくれ」と頼む。するとお美津は四方吉が落とした珊瑚の櫛を差し出し、それを返すために溝まで探していたのだと告げる。

櫛を返した鬼は満足して元のお美津に戻り、朝日とともに灰となって消えた。

四方吉が「もう会えないでしょうか」と尋ねると、

「会いたくなったら櫛を見て、神(髪)に祈るしかないな」と返された。

まるで「お菊の皿」の井戸から皿を数える場面を思い出させるような、少し切ない鬼の落語である。

鬼が絡む古典落語「鬼の面」は、菊の皿のような噺です。ご紹介します。

山奥から船場に奉公に出てきた定吉は、まだ親が恋しい年ごろで、恵比寿とお多福の面を買い、朝夕眺めては親を思っていた。

これを知った店の番頭が悪ふざけで、恵比寿の面を鬼の面にすり替えておいた。

定吉はそれに気づかず鬼の面を見て実家へ帰ることにした。

途中で日が暮れ、疲れた彼は小屋を見つけ、寒さしのぎに鬼の面をつけたまま寝てしまう。

そこへ村人が集まり賭博を始めたので、火に当たろうと顔を出すと「鬼だ!」と驚いて逃げてしまった。

残された食べ物や落ちていた金を持って帰った定吉だが、父親は賭博の金は賭博者の物だからと役人に届け出た。

お上は「ご法度の賭博を止めた功績」として金を下げ渡し、父は「これも鬼の面のおかげだ」と言い、名主も「道理で金札つかんだ」と感心した。

この金札は江戸時代では「善人」を意味したという。

悪ふざけと正直な若者の偶然の行動が悪党を退け、思わぬ幸運をもたらした、今では珍しいが日本人の原点を感じさせる落語の一席である。

鬼同じように架空の生き物である死神も落語では登場します。笑えるようで、怖い噺です。ちょっとだけ紹介します。

題材は「死神」。

ある男のもとに死神が現れ、「ある呪文を唱えて病人の足元に死神が立てば、すぐに回復する」と告げた。

半信半疑で試してみると、病人は本当に元気になり、男は大金を手に入れた。

ある時、病人の枕元に死神がいたため、無理だと諦めかけたが、「大金をやる」と言われ、男はずる賢く布団を180度ひっくり返し、足元に死神を移動させて成功し、再び大金を得た。

やがて死神に呼び出され、洞窟に連れて行かれると、そこにはロウソクが灯っていた。

短いロウソクが自分の命だと言われ、新しいロウソクへ火を移そうとしたが、自分の息で吹き消してしまう。

少し怖い話で、「ズルをすれば必ず報いを受ける」という因果応報の教訓が込められている。

呪文アジャラカモクレンテレッツを唱える「死神落語」とは、ねんぞ?
古典落語の死神は、呪文を使って病気を治したりできる事を教わって、使用してお金持ちになった。最後には、自分の寿命に対してロウソクの炎が消えそうになってもう大変な状況が実に面白いです。

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