笑点司会者は、これからどうなるのか、司会者列伝歴史から予想する。

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笑点は1966年から60年以上続く長寿番組です。

出演する落語家さんの面白さも魅力ですが、やはり司会者がその魅力を引き立てています。

今回は笑点の司会者にスポットを当て、歴代の司会者がどんな人物だったのかを司会者列伝形式でご紹介します。

現在の司会者は春風亭昇太さんで、もう10年以上務めています。

今年もし交代するとしたら、誰になるのでしょうか。

昭和から40年間落語を楽しんできた私が推薦したい人物をご紹介します。

みなさんはどんな人を推薦しますか。想像するだけでも楽しいですよ。

笑点が次回司会者は、この人はどうでしょうか。

笑点は長寿番組で、現在司会者・春風亭昇太さんの後任について予想してみました。

4代目~6代目までは落語家が司会を務めており、今の大喜利メンバーから選ぶとしたらどうなるでしょうか。

①座布団運びの山田くんが司会になったら、どんな大喜利になるのか興味深いです。

②若返りを図るなら林家たい平さんが司会となり、三遊亭小遊三さんと三遊亭好楽さんが勇退し、7代目三遊亭円楽さんが登場するかもしれません。さらに女性落語家の登場も面白そうです。蝶花楼桃花さん、桂二葉さん、林家つる子さんのいずれかが加われば、大喜利の雰囲気が大きく変わるでしょう。

③外部からなら上方落語界からの起用もありです。笑福亭鶴瓶さんは司会経験も豊富で落語家としての実力もありますし、桂文枝さんも司会が上手く、上方の風を入れるのも新鮮です。さらにタモリさんも司会経験と笑いのセンスを兼ね備えています。

笑点が今のスタイルを企画した落語界の異端児、名人が初代司会者 立川談志さんです。

まずは笑点の司会者列伝歴史を振り返ってみましょう。

初代司会者は、立川談志さんです。落語界の革命児、風雲児といわれています。

彼は寄席で行われていた大喜利をテレビ番組として企画し、テレビはコマーシャルが入るため落語のように座って話すだけでは成り立たないと考え、動きや時間配分に工夫を凝らしました。

短時間で寄席の楽しさを伝えながら動きを加えるため、座布団を配る演出を取り入れたのです。昭和35年頃、テレビやラジオの普及で寄席の客足が減っていたことから、多くの人に再び寄席や落語の魅力を知ってほしいという危機感が企画の原動力となりました。

初代司会者となった談志さんは、大喜利で落語家の回答にブラックユーモアを交えて返したり、掛け合いを盛り上げて番組を活気づけました。

こうして「笑点」が始まり、現在まで続く土台が築かれ、その後は異端児から司会のプロと呼ばれた前田武彦さんが引き継ぎました。

笑点の司会者2代目は、司会などで人気があった「前武」こと前田武彦さんです。

前田武彦さんは、今で言うMCの先駆けで、テレビが隆盛を迎えた時期にワイドショーや歌番組の司会を務めました。

彼の登場によって、テレビを意識した演出が多く取り入れられるようになり、大喜利メンバーである落語家の着物もこの頃からカラフルになりました。

カラー放送が普及し、カラーテレビが家庭に広まる流れに敏感に反応したのも、前田さんならではのセンスでしょう。

黄色や若草色といった普段あまり見ない色使いも特徴的でした。笑いの世界の出身ではない彼が、番組にバラエティ色を強めたのです。

大喜利の司会はわずか1年という短い期間でした。

笑点の司会者3代目は、歌番組の司会をしていた三波伸介さんです。

三波伸介さんは、お笑いグループ「てんぷくトリオ」で寄席をはじめ、さまざまな場で笑いを届けていた。

少しぽっちゃりした風貌とお茶目な雰囲気で人気があり、このグループには伊藤四朗さんも参加していた。

解散後はソロで活動し、歌番組などの司会を務めて人気者となった。てんぷくトリオの名前は、当時人気だった「脱線トリオ」にちなんでつけられたと言われている。

また、前田武彦さんが交通の都合で笑点に出演できない際、代役を務めたことがきっかけとも言われる。

三波さんは台本を読み込み、シミュレーションして収録に臨み、大喜利では落語家の個性を活かしながら笑いを届けることに力を注いだ。

当時の三遊亭小園遊さん、円楽さん、林家こん平さんとのやりとりはユーモアにあふれ、番組はますます楽しいものになった。落語家との丁々発止の掛け合いやコントのようなドタバタもあり、視聴者から人気を集め、ここで長寿番組の基礎が築かれた。

日テレでは、三波伸介さんを「笑点中興の祖」として位置付けている。

笑点の司会者4代目は、落語家 5代目 三遊亭圓楽さんになった。

大喜利は原点である落語家による笑いに戻った。

初代司会者の立川談志さんから、司会業の前田武彦さん、コント出身で司会を中心に活動していた三波伸介さんと続き、やはり「落語家」の落語的な笑いに回帰する形で司会が落語家となった。

その司会は、1966年放送開始の『笑点』で初回から大喜利回答者だった5代目三遊亭圓楽さん。当時の圓楽さんは落語はもちろん、普及にも尽力していた。

大喜利では、家族の悪口(歌丸さんの奥さんのこと)を混ぜた回答に大爆笑しながら座布団を没収したり、自分を褒めたりスポンサーの毎日香を絡めた回答にはうなりながら座布団を与えなかったりと、そのやり取りが面白い時代だった。

ある時は大喜利のお題を3問目を忘れていて、2問で終わせようとしてちょっと騒ぎになった事もあった。

圓楽さんはメンバーをファミリーと考え、入れ替えは前任者が亡くなったことで加わった三遊亭小遊三さんと林家たい平さんのみだった。

また、その風貌から「馬」に例えられることでも有名で、公演などでは古典落語を非常に巧みに演じる落語家だった。

笑点の司会者5代目は、落語家 桂歌丸さんになった。

5代目三遊亭圓楽さんの勇退を受け、5代目司会者には桂歌丸さんが就任した。

桂歌丸さんは笑点開始当初から出演している落語家で、番組を知り尽くしたメンバーだったため、誰もが次の司会者は歌丸さんだと思っていた。

大喜利の冒頭では「〇〇があった皆様のご挨拶からどうぞ」と紹介し、続いて座布団運びの山田くんには「続いて〇〇な座布団運びのご挨拶」とユーモラスに振っていた。

司会時代は6代目円楽との掛け合いが話題となり、特に被り物を使ったお題では歌丸さんの風貌も注目を集めた。

最後はいつも「どうやらお時間が来たようです。また来週お目にかかりましょう。ありがとうございます」と締めくくり、視聴者への感謝を忘れなかった。

笑点の司会者 今の司会者 春風亭昇太さんになった。

現在の笑点司会者は春風亭昇太さんです。

桂歌丸さんの指名で司会に就任しました。

登場当初は「結婚できない落語家」「カミカミ王子」とからかわれていましたが、その後、宝塚ジェンヌとの結婚は落語界で大きな話題となりました。

落語芸術協会会長として日々活躍し、笑点以外にも日曜劇場やNHK大河ドラマ、舞台演芸など幅広活動しています。

笑点については「ずっと同じことをやり続けているのがいい」と60周年イベントで語り、今後100周年に向けて大喜利メンバーや山田くんと共に精進していくそうです。

 

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